作刀へのこだわり

刀工を志したきっかけは?
私の場合、ドラマチックな刀との出会いがあった訳ではありません。父親が刀好きであったため、物心ついたときから、自然なかたちで日本刀に触れる機会がありました。しかし、「作品」と「茎(なかご)に刻まれた銘文」から歴史に思いを馳せることはあっても、時を越えてもなお、輝きを失わず、美しさの中に異様なまでの凄みを感じさせる日本刀は、私には超人たちのみ成しえたものに思え、遠い存在でした。それぞれの時代を生きた刀工たちの人物像や、彼らの生き方を知るすべがほとんど残されていないことも、私から日本刀を遠ざけていた理由であったかも知れません。そんなある日、台所のテーブルに置かれた一冊の美しい図録が目にとまりました。そこには、まさに「今を生きる」刀工たちの作品と顔写真が載っていました。日本刀と言う存在が、すぐ近くに感じた瞬間でした。「人間が作り出せる物なら、僕にもできないはずがない」。「現代の名工になる」。そして、私の刀工人生が始まりました。

なぜ、「河内國平」だったのか?
私の師匠、河内國平は二人の重要無形文化財保持者(人間国宝)を師にもつ異色の刀工です。
新作名刀展において(長い歴史の中で、展覧会の名称が変わっておりますので2012年現在の名称で記載致します)、相州伝及び備前伝の作品が高く評価され数々の特賞を受賞し無鑑査認定を受けています。
作域の広さ、作刀意欲、そして人を引き付ける魅力。刀に向かう純粋な精神は、生涯消えうせる人ではないと確信しました。
厳しい事でも有名でしたので、覚悟を持ち入門の意思を伝えに行ったのが高校2年のとき。そして、4度目の訪問で、入門を許されました。
覚悟はしていましたが、想像以上の厳しい8年の修行を経て、河内國平の一番弟子として独立を許されました。奈良吉野での修行は、その後の私の人生においての原点となっています。

コンクールへ出品し続ける理由は?
客観的に自分の作品を評価してもらう事は重要であると、私は考えます。最上位から最下位まで順位付けされるという心理的にも大変厳しいものですが、第3者の意見に耳を傾ける勇気が、自身の作品をさらに成長させることに繋がるからです。
長い作刀人生において、モチベーションを常に高く持ち続けることは容易ではありません。私は常に心のバランスを大切にしながら、毎年4月に開催される「新作名刀展」(公益財団法人 日本美術刀剣保存協会主催)に主に照準を合わせ、一年を通して作品を製作しています。
平成22年には、同展において最高位を受賞することができました。
しかし、それは刀工としてのゴールではありません。歳を重ねつつ変わってゆくだろう今後の私の作品においても、私はコンクールに出品し続け、高い評価を得る作品作りに生涯を捧げます。
現在は、「新作名刀展」、「お守り刀展覧会」、「新作日本刀・刀職技術展覧会」(第1回開催年が古い順に記載しています)の3つのコンクールがあります。刀工達がより多くの場で、自身の作品を披露し、競い合い、そしてたたえ合う機会が増えました。
私は、可能な限り、すべてのコンクールに出品していきます。

五感を刺激する作品づくり
「視」は言うまでもないでしょう。姿、そして光にかざすと、視界に飛び込んでくる、地鉄や刃文。そこには、何が見えてきますか。丁子の花びらでしたら、その匂い(「嗅」)を感じ、静かにそよぐ風音が(「聴)」聞こえるでしょう。またそこに、波を見たならば、潮の匂いと共に、その音が、時には静かに、そして時には激しく心に響きます。静寂の中に、刀油の匂いがひそかに漂い、茎(なかご)を持つ手からは、鍛え練られた鉄の芸術を、肌で感じ取っていただけるでしょう。(「触」)
そして、末永く時を越え、私の作品を「味」わっていただく。
その日の心を映すかのように、視・聴・嗅 (きゅう) ・味・触の五つの感覚を刺激し、違う景色を見せる事のできる作品を生み出してゆきたい考えています。

なぜ「備前伝」なのか
 日本刀には、山城伝、大和伝、備前伝、相州伝、美濃伝の五ヶ伝があります。その中で、名工、名刀を最も輩出したのが備前です。国宝や重要文化財の刀剣の約半数が備前刀であることからも明らかです。
私が鍛刀場を置く西播磨では、古来より「たたら」による鉄造りが盛んに行われていました。そして良質な宍粟鉄は(千種鉄とも呼ばれる)は、吉野川、千種川、揖保川を通って備前長船まで運ばれたはずです。
鎌倉武士が、大鎧を纏い、腰に太刀を佩き、馬に乗る姿。高名な武士が名乗りを上げ、時に一騎打ちをする。覇気のある時代に、武士道の精神と美意識が生まれたからこそ、備前伝は美しい。
恵まれた鉄の歴史のある郷土を愛し、備前伝に魅せられ追求するのはごく自然なことで、この播磨の地より名の残る刀を作り、後世に残すことが私の刀工としての使命であると考えます。古刀には長い歴史を越えてきた事実があり、私が作り出す刀は、今後どれだけの時間が流れても、その歴史に勝ることはできません。
しかし、今を生きる刀工として、伝統技術の継承はもちろんのことですが、現代だからこそできる科学的技術により、より高い水準で日本刀の作ることは可能です。
探究心を持って頭は柔軟に、折れない強い心で作刀に情熱を注ぎ続けます。

高い技術を持った職方との連携
一振の刀が完成するまでに、刀工以外に多くの職方が関わっていることを決して忘れてはなりません。
刀工が質の高い刀身を作ることは当然ですが、高い技術を持った職方にその後の仕事を依頼することで、刀の完成度がより高いものとなります。私が意味する「高い技術を持った職方」とは、研磨、ハバキ、鞘等のコンクールにおいて、入賞を重ね高い評価を得ている職方です。
私は、常に私自身が安心して刀身を託せる職方と連携をはかり、ご依頼主様に自信をもってお納めさせていただけるよう日々努めています。


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